屋久島六角堂便り~手紙

自然と人が織りなす屋久島の多様性を屋久島六角堂から折々にお伝えします

赤毛だったマーメイド ハッピーエンドをどう作る

拝啓

 

漆塗の小物入れ。

蓋にはギターを弾く人魚。

拙い代物だとお思いでしょうが、

なにせ今から51年前の9月、

名古屋の中学3年生だった私が美術の授業で作った工作ですから。

何がきっかけだったのか記憶にございませんが、

少なくとも中学生の頃には人魚好きだったことの証明。

高校時代、教室の机全面に人魚の鉛筆画を描いて皆から引かれておりました。

大学時代、小川未明の『赤い蝋燭と人魚』に再会し、卒業論文の題材に。

その後も目に留まる度、

人魚に関する本や絵本を買い集め、

 

この夏、

六角堂明冥文庫の仲間に加わった人魚関連本が次の二冊。

ヴィック・ド・ドンデ著『人魚伝説』(創元社1993年刊)

ヴォーン・スクリブナー著『人魚の文化史』(原書房2021年刊)。

 

そしてもう一冊が、

ジャッキー・コリス・ハーヴィー著『赤毛の文化史』。

何故また人魚と赤毛なのか⁈

 

二か月ほど掛かってようやく読み終えたので、

人魚と赤毛の繋がりを、ちんたらぼちぼち解くことに。

 

それは7月初旬、

頸椎ヘルニアの治療のため2泊3日で鹿児島市内に行った際、

封切られたばかりの『リトル・マーメイド』を観た時のこと。

ムックリムクムク疑問が浮かんだのでした

 

リトル・マーメイド|実写映画/ブルーレイ・DVD・デジタル配信|ディズニー公式 (disney.co.jp)

 

この作品は、

アフリカ系の歌手・女優ハリー・ベイリーが主役となったことで話題になった、

ディズニーアニメ『リトル・マーメイド』の実写版

映画の前宣伝で観た画像がナオミ・キャンベルを彷彿とさせ、

さぞかしチャーミングな人魚姫だろうと。

 

それと同等以上に気になったのが人魚姫「アリエル」の髪の色

 

 

赤毛やんか。

もともと人魚姫は赤毛やったんか?

それとも西洋の人魚は赤毛がレギュラーなんか?

そうだとしたらなんで赤毛なん?

と、次々襲い来る疑問。

疑問は解かねばなりません。

(解かんでいい疑問もありますが)

 

そこでまず、

1989年公開のディズニーアニメ『リトル・マーメイド』(原題:The Little Mermaid)の画像を再確認。

赤毛やん

そもそもディズニーアニメに興味のない私。

実写版見るまで『リトルマーメイド』が赤毛だったことに、

この時まで気付かなかったのは迂闊でした。

 

ほななんで、わざわざ赤毛にしたんや?

「リトルマーメイド 赤毛」でネット検索すると、そのまんまの記事が。

ciatr.jp

しかし、

そこに記されていたのは……

アリエルといえば赤い髪が象徴的ですが、彼女の赤髪はロン・ハワード監督の映画『スプラッシュ』の人魚姫と差別化を図るためだったと言われています。

また、ウォルト・ディズニーアンデルセンの『人魚姫』をアニメ化しようと考え始めた1940年代当初は、アリエルは黒い髪で青い尻尾の設定だったそうです。

なるほどこちらの髪はブロンド、しかし赤い尾ひれ。

カーリーなブロンドの一番の対抗馬は黒のストレートでしょう。

なのになぜ、赤毛なのか?

その答えにはなっていません。

 

ただ、次の記述が重要な意味を持つことに後で気付くことになるのです。

『リトル・マーメイド』の中で一、二を争うほどの有名曲。

「足を手に入れて道を歩きたい」という気持ちと、そうもいかない現実の間の気持ちを表した歌詞となっています。

ちなみに、このシーンで登場する絵画は実際に存在するもの。

フランスの画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥール『悔悛するマグダラのマリアという絵です。

ちなみに、東京ディズニーシーのマーメイド・ラグーンでもこの絵画を見つけることができます。

 

その絵画がこちら。

現物を見たことがないので、

このマグダラのマリア」の髪が赤毛なのかどうか判別できません

ただ、スカートは真っ赤

 

マグダラのマリアが何を意味するのかは、後でご案内することにして、

ひとまず人魚の髪の色についての探求。

 

先の『人魚伝説』によれば、

人魚の起源は紀元前から神話で語られた「セイレーン」だといわれていますが、

人魚の髪がいつから赤毛になったのかは不明。

 

ただ、1500年頃描かれたフレスコ画のセイレーンは、

リトルマーメイドのアリエルが興味を抱いて、

話の伏線にもなる「櫛」をもった赤毛

 

お次は『人魚の文化史』で紹介された人魚。

1901年ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスによって描かれた『A Mermaid』赤毛

こちらの人魚も「櫛」で髪を梳いていることに注目。

それが象徴するものは何か?は気に留めたいところ。

 

では、

1837年にアンデルセンが描いた『人魚姫』の髪は何色か?

 

初版当時のトーマス・ヴィルヘルム・ペダーセンの挿絵はモノクロなので、赤毛かどうか分かりません。

 

一方、

『人魚の文化史』に掲載された1899年のチャールズ・ロビンソンの挿絵はまさに赤毛

 

六角堂に五冊ほどあるアンデルセンの『人魚姫』の絵本の内、

明瞭な赤毛は石倉欣二の人魚のみです。

しかも姉妹全員、赤。

実は、

私の知る限り、

アンデルセンの文章中には、

人魚姫の髪が何色か記されていないのです。

※ 「そんなことないで!」とのご指摘があれば、出典をご教示くださいませ。

 

と言う訳で、

アンデルセンからディズニーに至るリトル・マーメイドの赤毛の由来は不明。

 

そこで、なぜ赤色か?を

マグダラのマリアから探ろうと。

 

赤毛の文化史』は記述が詳細なため読み進めるのに一苦労しますが、

いかにもの翻訳文体が面白いお薦めの一冊。

その「第7章 流行の気まぐれ」203ページに次の記述が。

『リトル・マーメイド』のアリエルには、1984年の映画『スプラッシュ』でダリル・ハンナが演じたブロンドの人魚、マディソンとの違いを出すため、赤い髪が与えられた

 

先述のネット記事と同じ程度の記述しかなかったのは残念でしたが……

 

マグダラのマリア赤毛のアンからカンバーバッチまで」という副題にあるように、

赤毛(そして赤いそばかす)に向けられた差別や偏見の歴史、

そしてそれと立ち向かう様々な逸話を体系的に知ることができたのは大きな収穫でした。

 

そこで知りえた赤毛を紐解くキーワードの一つが、

ユダヤ人」。

 

天下のNHKのEテレ「カラフル」でもイスラエル赤毛の子供が取り上げられています。

www2.nhk.or.jp

 

中世絵画の多くは、

キリストを裏切った「ユダ」の髪を赤毛で描き

シェイクスピアの「ヴェニスの商人」の悪役

ユダヤシャイロックもまた赤毛で演じられてきたとのこと。

 

そしてもう一つのキーワードが、

男を魅了する「娼婦」。

 

15世紀の画家マーティン・ショーンガウアーの『ノリ・メ・タンゲレ(我に触れるな)』に登場するマグダラのマリア赤毛

 

マグダラのマリアとは?

Wikipediaによれば概略次のような女性。

福音書には、マグダラのマリアと特定されていない女性が何人か登場する。

カトリック教会では、

ルカによる福音書』(7:36-50)に登場する「罪深い女」がマグダラのマリアと同一視され、

エスの足に涙を落し、自らの髪で拭い、香油を塗ったとされる。

この女性がどのような罪を犯したのかは記載されていないが、

性的不品行と説明されてきたようであり、

それが娼婦とされていた原因かもしれない。

彼女は(悔悛した)娼婦の守護聖人でもある。

 

ジュール・ジョセフ・ルフェーヴルが1876年に描いた『洞窟のマグダラのマリア』も赤毛です。

 

遅まきながらWikipediaで「人魚」を検索すると……

ヨーロッパの人魚は、金髪や、紅毛の長髪の絵画が多く、櫛や鏡を持物とした像が定番である。

上掲のウォーターハウスの油彩画も、髪を梳く人魚の意匠はおそらく誘惑の女性を表現している。

またその赤茶毛は、ボッティチェッリの「ヴィーナスの誕生」の赤髪に着想を得ており、その後の美術において、ウォーターハウスのようなラファエル前派の作品から、近年のアニメ人魚にまで影響している、と考察される。

櫛や鏡は、そもそも古典時代より愛の女神ヴィーナスの持物であり、"性的な快楽の誘い"を象徴するものとみられる。

しかし、そもそも中世キリスト教美術においては、ときに櫛や鏡を手にするセイレーンの挿絵は、七つの大罪の一つである「虚栄心(自惚れ)」の寓意であるとみなされている。

 

この絵、ブロンドやと思い込んでましたわ。

やっぱり人魚の赤毛の系譜を、ちゃんと調べた人がいたんや、

なるほど、この1480年代のヴィーナスが赤毛の源流ですか……

 

ただ、ギリシャ時代に描かれた美と愛欲の女神の髪が赤毛だったのかは不明。

 

ちなみにヴィーナスと同一視されるギリシア神話愛と美と性を司る女神アプロディーテー(アフロディテ)の誕生は壮絶。


ヘーシオドスの『神統記』によれば、

アプロディーテークロノスによって切り落とされたウーラノスの男性器にまとわりついた泡(アプロス、aphros)から生まれ

生まれて間もない彼女に魅せられた西風が彼女を運びキュプロス島に行き着いたとな。

 

切られた男根の泡から生まれた愛欲の女神アプロディーテは、

赤毛のヴィーナスとなり

悔悛した娼婦赤毛マグダラのマリアを゙挟んで

愛欲を断ち切り海の泡となって消えて行くアンデルセン赤毛の人魚姫に。

そして愛を成就するディズニーの『リトル・マーメイド』赤毛のアリエルが誕生。

 

 

そのアリエルの対極として登場するのが、

海の魔女ウルスラ(Ursula、日本語版ではアースラ)

アリエルの父トリトンによって王宮を追放された無国籍者
暗い薄紫の肌、水色のアイシャドーに真っ赤な口紅、白髪のショートカット、下半身は真っ黒なタコの腕。

 

ひょっとしたら、

アースラは娼婦だったマグダラのマリアの闇のイメージ。

アリエルは悔悛して聖人となったマグダラのマリアの光のイメージ。

もともと一つに宿っていた正邪が二つの姿に分離され、

その対決の果て闇が滅び光が勝利

それが赤毛のリトル・マーメイドの本質なのかもしれないと。

 

そんなラインの中に、

日本の童話作家小川未明『赤い蝋燭と人魚』も。

 

そしてそれとは気付きもせぬまま、

51年前に彫った人魚を赤漆で塗った中学3年生の私がいて、

44年前に「『赤い蝋燭と人魚』の色彩の成立」を卒論にした大学生の私がいた。

65歳にして、何やら不思議なご縁に気付けたようで。

合掌。

 

なお、アプロディーテの出生にご興味がおありの方は、

光枝和子著『ギリシャ神話の悪女たち』集英社新書)をご覧ください。

ミロのヴィーナス=アプロディーテー

このヴィーナスを拝む人の中の何人が、彼女の出自を知ることでしょう。

 

カトリックにとってギリシャローマの神話は異教徒の物語。

ましてや性の快楽はタブー

 

カトリックにおける「罪深さ」を象徴するものとしての赤毛

それが現代にいたるまで様々な差別と偏見を生んできたようです。

 

その不条理があったればこそ、

赤毛のアン

 

「長靴下のピッピ」

 

「にんじん」

差別や偏見、そして孤独と闘わざるを得なかったのだと。

ディズニーの「リトル・マーメード」は最後に王子様と結ばれてハッピーエンド?

しかしアンデルセンが描いた「人魚姫」は結ばれることなく海の泡に。

赤毛が救われる道はどうしたら切り開かれるのでしょう

 

「六角堂明冥文庫」には、

「毛」や「化粧」、「刺青」「装飾」「服飾」に関わる書籍が数十冊あります。

それらを手にするようになったきっかけは、

もともと身体や服飾に興味があったからなのですが、

学校の「校則≒生徒心得≒生活指導」の在り方について、

少なからぬ疑問や違和感あったからです。

 

今を去ること21年前、

担任した高校2年生のクラスにいた一人の少女をどう支えるのか。

それがその年の大切な課題の一つでした。

そこで、当時の『学級通信 手紙』茶髪やピアス、化粧に関する連載を始めました。

 

有形無形の圧力、冷ややかな視線を背中に感じつつ綴った「手紙」の一部は、

今では廃墟になりつつある個人HPProjectG マイノリティの交差点 スケープゴートを許さないに今も残っています。

 

ProjectG/手紙 学級通信抜粋版 2002年度 茶髪・ピアスを考えるシリーズ

 

手紙に合わせてHPでは、

いくつかの問題提起や資料の紹介もしました。

ProjectG/ 考えるヒントのお蔵 明日の教育の棚 3 制服とピアス

ProjectG/ 考えるヒントのお蔵 性と文化の棚 1 コスメティック・セラピー 

 

マグダラのマリアについても。

ProjectG/ 考えるヒントのお蔵 生と性と聖の棚 3 二人のマリア

 

自死した太宰や芥川が描いたマリアについても。

ProjectG/ 考えるヒントのお蔵 生と性と聖の棚 4 涙の谷の文学者

 

それらも含め、

「生と性と聖 死と詩と子」にまつわる様々な課題をテーマにした「考えるヒントのお蔵」を作成。

ProjectG/考えるヒントのお蔵

 

そうこうするうち、

くだんの少女は何とか高校卒業に漕ぎつけ、大学に進学しましたが……

もうこの世にはおりません。

 

「救い」はいったいどこにあるのか。

 

アンデルセンはそれを様々に描きました。

 

愛する王子を殺すことと彼の幸福を壊すことができずに死を選んだ「人魚姫」は、

泡となって波に消えた後、

空気の精となって空に登っていきました。

 

寒空の年の瀬、すべてのマッチを売り切らねば父親にぶたれるため家に帰れない「マッチ売りの少女」は、

寒さを堪えるために擦ったマッチの燃えかすを抱え、

微笑みながら天国に登っていきました。

 

いじめにあって生きることに疲れ切り、

自分を殺してもらいに白鳥の住む水辺に向かった「醜いアヒルの子」は、

自分が美しい白鳥であったことに気付くことで悲しみから解放されました

 

はてさて、

この話はこの先一体どこへ行き着くのか。

 

とりあえず、

中3年の秋、人魚を彫って赤い漆で塗った小箱を、

半世紀経っても後生大事に持っている。

それが私の人生で、そうして終わっていくのだと。

 

お粗末ながら、

今日はこのあたりでお開きとさせていただきます。

 

あ、そうそう。

今月末で終了するNHK朝ドラ「らんまん」で取り上げられた滝沢馬琴の『南総里見八犬伝

そこに登場する人魚が先の『人魚伝説』に紹介されております。

ご興味ご関心をお持ちでしたら、

次回SpicyBookCafeでゆるゆるお楽しみくださいませ。

 

敬具

追伸

屋久島のダイビングショップ「水の精」さんでは、

なんとマーメイドスイムとマーメイドフォトツアーを企画・運営。

ご興味ご関心をお持ちの方はInstagram

水の精 屋久島|ダイビング∞シュノーケリング∞スキンダイビング(@mizunosei.yakushima) • Instagram写真と動画

HPでチェック!

水の精屋久島 | ダイビング | シュノーケリング | スキンダイビング | 海を綺麗に | 屋久島町|ビーチクリーン|持続可能|サスティナブル屋久島 (mizunosei-yakushima.com)

どうせなら、島ではやりのヘナで髪を染めてのフォトツアーもよろしいかと

 

なお、名古屋には「人魚の学校」がございます。

人魚の学校 Mermaid Academy Japan

人魚に憧れ、そして「人魚の学校」を作った 水中できらめく夢とひれ:朝日新聞デジタル (asahi.com)