屋久島六角堂便り~手紙

自然と人が織りなす屋久島の多様性を屋久島六角堂から折々にお伝えします

お店の神さん詣 追補 ケセラ商店&晩酌

拝啓

島のお店をトロトロ回れば、気付かなかった神さんに目が留まるように。

【晩酌】

平内の居酒屋だった『晩酌』さんがランチ営業のお食事処になって3度目の訪店でご挨拶できたのがこちら。

七福神満載の景気良さげな招き猫さんの傍らに『太宰府天満宮』のお札が。

「天神さんにお詣りに行かれたんですか?」と問えば「誰かにもらったんだっけ?」「太宰府天満宮は何度も行ったことあるけどどうだったっけ?」。

いきさつはどうあれお店とお客様を見守ってくださる神さんと共に、末永く繁盛なさいますように。

【ケセラ商店】

宮之浦から志戸子に抜ける県道沿、冬場に民宿まんてんさんの「ラーメン」の幟が立つようになって久しいですが、現在は『ケセラ商店』と名を改めての営業に。

こちらには島では珍しい神さんが入口に。

太宰府天満宮の境内の奥に鎮座する『天開稲荷社』さんの福飾り。

六角堂で一度旗を寄進して以来、毎年お札が郵送されてくるので郵便振替でお志しを振込んできたお稲荷さんですが、島の他のお店で出会ったのは初めて。

それ以外にも鹿児島県下の神社の福飾りが二つ。

『照国神社』と『霧島神宮』

こちらも出会うことはまれ。

ところでこの『ケセラ』。

すぐに思い浮かべたのは1956年公開、ヒッチコック監督映画『知りすぎていた男』で主演女優で歌手でもあるドリス・デイが歌った「ケセラセラ」 (Que Sera, Sera) 、その邦訳を歌ったペギー葉山の歌声が頭の中で流れます。

「Que Será, Será」は「なるようになる(Whatever will be, will be)」という意味のスペイン語だとされているようで。

ただ、Googleさんでケセラを問うと先に出てくるのは全く知らない歌。

Let it be(あるがままに)」の再来?

いやいや「人事を尽くして天命を待つ」の現代バージョン?

「人事を尽くして天命を待つ」は、全力を尽くした後に結果(天命)を静かに待つ儒教的発想。
一方「天命に安んじて人事を尽くす」は他力に支えられたありのままの自分と現実(天命)を受け入れた上で最善を尽くすべしという明治の浄土真宗の僧侶清沢満之が説いた教えも。 

私は後者にシンパシーを。

それとも沖縄方言の「まくとぅそーけー(正しい事、誠の事をしていれば)なんくるないさ(自然と良い方向にいくものだ)」なのか?

またまた広がるケセラセラ妄想。

ケセラ商店さんのケセラはいづれに由来するものか、ひょっとしたらオーナーさんはスペイン帰りなのかは不明。

何にせよ宮之浦以北で貴重な飲食店。

どうぞ末永く繁盛なさいますように。

敬具