拝啓
屋久島町では役場HPで町内コロナ感染者に関する情報を伝えておりますが、
役場HPの5月22日の「緊急情報」では
[町内23-24例目]新たな新型コロナウイルス感染症患者が確認されました
「町内において、新たに本町23例目、24例目となる2名の新型コロナウイルス感染症患者が確認されました。」と掲示。
そこでその内容を「新型コロナウイルス感染症特別ページ」で確かめると、
「5月21日に、新たな新型コロナウイルス感染症患者が3名確認されました。」とのこと。
あれ?2名じゃなかったの?と「町内感染者の発⽣状況pdfページ」を開くと
町内24例目(県3077例目)60代女性
町内23例目(県3076例目)60代男性
町内22例目(県3075例目)20代男性
と3例の報告が。
それで、念のためリンクが張られた鹿児島県の5月22日記者発表資料「5月21日発表の新型コロナウイルス感染症の概況について」のファイルを開けば、
https://www.pref.kagoshima.jp/kenko-fukushi/covid19/hassei/documents/85965_20210522191501-1.pdf
やはり3名で、その詳細情報が掲示。
ここで留意したいことが二つ。
一つは、町内の感染者数。
役場HPで「町内24例目」と表示されているので町内の感染者累計は24名と思いちですが、14例目は「陰性確定のため⽋番」なので、実際に陽性だった方は23名と言う事実。
もう一つは、感染の時期。
1例目が昨年の8月19日、13例目が今年の4月20日。
15例目が5月10日で24例目が5月21日。
全感染者の半数近くが今年のGW以降の10日ほどの間に感染されたという事実。
はっきり聞き取れぬ防災無線の臨時情報を、役場HPで確認すれば、
確かに1名+2名=3名だったと知ることができますが、その煩雑さや如何に。
屋久島に暮らす少なからぬ人々が、島内コロナの現況をどれほど正確に認識されているのか疑問に思う場面もしばしばです。
「町長からのメッセージ」が4月24日以降更新されていないのにもげんなり。
と嘆くと同時に、改めて眺める屋久島町のHPのタイトル。
「人と自然と。世界自然遺産やくしま 人と自然と。新しい屋久島。自然と共に生きる知恵と多様な集落の文化がとけあい、 人々の営みが循環・持続していくまち。」
そうしたキャッチフレーズに惹かれ、あるいは実感しつつ島でひと時を過ごして下さる観光のお客様や移住希望者の方々を裏切らない仕組みやシステムを、今こそ形作ることが求められているのではないかと。
そんな思いを反芻しつつ、夕方の麦生の里をテクテク歩けば、
雨上がりの路上に様々な木の実がポロポロポロリン。
苔の上にはヤマモモの実。
名前の分らぬ赤い実や
黄色い小さな無数の実。
ゴロンと転がるリンゴツバキの実の殻も。
六角堂に帰りつけば、プクプク膨らむブルーベリー。
在来種、外来種の樹々が混じりあって暮らす島の姿に、ヒトはもっと学ぶべきかと。
そんな折、「Nomadocafe & ノマドハウスデザイン」さんのFacebookで、お店のシンボルツリーだった「タコノキ」を伐採するお知らせが。
電線に掛かって断線停電の元にならぬようにとの苦渋の決断だったご様子。
以前ブログでも何度かご紹介したタコノキの姿はこんなでしたが……
伺ってみるとヤシの木ばかりが目に留まる、こんな趣きに。
ランチを頂いた後、少しばかりお話を伺えば、
タコノキは50年ほど前に大家さんが植えられたものだったそうですが、
無数の気根で支えられたタコノキの根元には幹がすでになく、
同じ場所から新しい芽は吹かないだろうとのこと。
改めて伐採跡を見てなるほど……気根の数が年輪の代わりなのかと浸る感慨。
巨木の生き様、一つの命の在り方を見るかのようでした。
島では台風シーズン前に電線に掛かった枝を払う作業が年中行事のように。
また、古木が倒れてしまう事故もしばしば起こるため、麦生集落でもガジュマルの大木を止むなく切ったお知らせが「広報むぎお第54号」にも掲載されておりました。
こうした自然とヒトの暮らしとの折り合いを見聞きするごとに思い出される絵本が一冊。
佐野洋子さく・えの『おぼえていろよ おおきな木』です。
出版されたのは1976年。
私が二十歳の時に買った絵本です。
一人暮らしのおじいさんは、家の前に立つ大きな木が邪魔で我慢がならず、ついには斧で斬り倒してしまいます。
ところが日が経つ内に、木が自分の暮らしを支えてくれていて、様々な恩恵を与えていてくれたことに気付きますが後の祭り。
切り株を撫でながら泣き伏すおじいさんの姿が印象的な秀作です。
絵本のラストシーンは切り株から噴き出した新たな芽がすくすく伸びていくものでした。
しかし、まだ元気な木はいざ知らず、年を取り過ぎた老木の切り株からは芽が吹くことはないでしょう。
そんな時思い起こすのが、かつて日本を占領した連合国軍の最高司令官ダグラス・マッカーサーがリストラされた時の演説で語った台詞。
「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」(Old soldiers never die; They just fade away)
一本の巨木が静かに眺めてきたヒトの暮らしの変遷。
伐られたその木を想うことがすなわち、歴史や命について新たな気付きを得ることなのかもしれません。
敬具