屋久島六角堂便り~手紙

自然と人が織りなす屋久島の多様性を屋久島六角堂から折々にお伝えします

煩いてカツを食らいし島の秋

拝啓
 
目まぐるしく変化する街で暮らしていても、変化に乏しい離島に暮らしていても、
その「日常」に馴染んでしまえば「自分らしい暮らしとは何か」などと考える必要もないのでしょう。
しかし、どこにいても「日常」というもの自体に居心地の悪さを感じる性分を持っていると、
折々に自分の立ち位置を確かめたくなるものです。
 
島に移住してスパイシーブックカフェ・イートハーブを開店し、
間もなく一年半になりますが、そのメニューをどうすべきか思案しばしば。
「同じものを作っていても面白くない」と漏らした口に
「それじゃ、あなたは飲食(業)には向いてないかもしれないね」と返された時には
「なるほどそうなのかしらん」と妙に納得。
それでも島で生きていくために、自分なりの役割を果たそうと始めたイートハーブなのだからと、
ゾワゾワオロオロそぞろなる頭を整理する方途は、はたまた身に沁みついた読書。
 
ただ、手に取るのは「こうすれば上手くいく」式のHOW TO実用書ではなく、
固定観念や既成概念にとらわれることから抜け出すための手掛かりを得られそうな本の再読。
今回書棚から引き抜いてページを繰った本は井上章一の著書。
 
井上章一といえばラブホテルの歴史を紐解いた「愛の空間」
 
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や、日本女性のパンツ(下着のです)の歴史の常識を覆した「パンツが見える~羞恥心の現代史」(朝日選書)
 
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などで名を知られていますが、
今回再読したのは「性欲の文化史1・2」(講談社選書メチエ)。
 
「飲食業の問題を考えるのに何で性欲やねん!」と突っ込まれそうですが、
そもそも人間の根源的な欲望(煩悩)は、
今日を生きるために必要な食欲と、
死後自分を残すために必要な性欲。
この二つを満たせばさしずめ生きながらにしての極楽でしょうし、
この二つを否定するのはあの世の極楽に永住したい修行僧だけでしょう。
食は性に通ずです。
 
その「性欲の文化史」のどこにヒントがあったかの説明は別の機会に譲るとして、
読了後、自分の立ち位置を確認するために出かけたのは、
尾之間の喫茶店「モッチョムビュー トーン」さん。
そこでおもむろにトンカツ定食を頂きました。
 
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今回は通常より一回り大きいビッグカツを選択。
行儀よく成形されたトンカツにすっきりと掛けられたトンカツソース。
添え物はケチャップ掛けのハッシュドポテト
喫茶・軽食のお店らしい盛り付けと味とボリューム。
座席の都合でモッチョム岳を眺めながらとはいきませんでしたが、
軽く流れるJAZZを小耳に食後のコーヒーをすすりながら日本経済新聞に目を通すひと時は、それなりのくつろぎでした。
 
そして翌日の夜は安房にある行きつけの定食屋「ファミリーレストラン かもがわ」へ。
いつもなら焼き魚(サバ)定食か海老フライ定食を注文するところですが、
あえてトンカツ定食を注文。
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今回はごはん大盛り。ザクッとした触感の肉厚なトンカツ。
〆鯖の小皿ときびなごのなます和えに程よい塩味のあさりの味噌汁。
壁掛けテレビのスポーツニュースをチラ見しつつ南日本新聞を片手に、
器から零れ落ちそうな白飯を頬張る定食屋の醍醐味を満喫しました。
 
私が屋久島を行き来し始めた10年ほど前から、
移住者が開いたカフェが島の其処此処に点在するようになりました。
そうしたお店のほとんどすべてに一度ならず足を運んできました。
島の食材をメニューに凝らしたり、都会人が抱く「島」のイメージを演出したり……
しかし、自分が50代後半のおっさんだからと言うことを割り引いても、
何かしら違和感というか落ち着かなさを感じてしまうことしばしばでした。
 
それに対して「トーン」や「かもがわ」の気取りも気負いもない空間、
力みのない愛想、
それ相応の素材やボリュームは、
島の水や空気や時間とよく馴染み、ある種の安心感と満足感をもたらしてくれます。
 
だからと言って新参者の自分の店でそれを醸し出すことは土台無理。
そもそもそうした店を移住者である自分が開く意味がない。
なおかつ島に住みなれた人々にとって敷居の高い店にしてしまってはわざわざ移住してきた値打ちがない。
 
「島の外のどこでも味わえない、島の中のどこでも味わえない空間と味」を楽しんでもらえる場を作ること。
根っからの島民、新米移住者、転勤族、観光客……
そうしたお客様の「経歴」とは関わりなく、ときめきと安心の両方を感じてもらえる場にすること。
周りに気兼ねなく一人でボーっと過ごすのもよし、
お客様同士が仲間を得る場であってもよし。
ただ特定の人々だけのたまり場にはならず、未知との遭遇を目指した知的情的味覚的出会系カフェ。
六角堂は本とスパイスがもう一つの世界を開く鍵となる自由自在の空間たるべし。
 
ありふれたと言ってしまえばそれまでの田舎の飲食店と見下すことは簡単ながら、
そのまた定番のトンカツ定食が六角堂の初心を再確認させてくれました。
 
日常を咀嚼することでこそ日常を脱ぎ捨てられる。
「トーン」と「かもがわ」のトンカツ定食に感謝です。
 
敬具